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公孫昭

公孫昭の肖像
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公孫昭(こうそんしょう)は遼東属国の人で、襄平令を務め、公孫康を伍長に徴召したため、公孫度に鞭打たれて殺された。

正史 『三国志』巻8 · 『演義』に登場せず

出典

原典に公孫昭が登場する箇所

  • 正史 · 巻 8『三国志』

    …先時,屬國公孫昭守襄平令,召度子康為伍長。度到官,收昭,笞殺於襄平市。…
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    公孫度字升濟,本遼東襄平人也。度父延,避吏居玄菟,任度為郡吏。時玄菟太守公孫琙,子豹,年十八歲,早死。度少時名豹,又與琙子同年,琙見而親愛之,遣就師學,為取妻。後舉有道,除尚書郎,稍遷冀州刺史,以謠言免。同郡徐榮為董卓中郎將,薦度為遼東太守。度起玄菟小吏,為遼東郡所輕。先時,屬國公孫昭守襄平令,召度子康為伍長。度到官,收昭,笞殺於襄平市。郡中名豪大姓田韶等宿遇無恩,皆以法誅,所夷滅百餘家,郡中震栗。東伐高句驪,西擊烏丸,威行海外。

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ほか 3 件

公孫昭は遼東属国の出身で、かつて襄平(じょうへい)令を務めた。『三国演義』には登場しない。

事績

公孫昭は襄平(じょうへい)令を務めていたとき、公孫度(こうそんたく)の子である公孫康(こうそんこう)を召し出し、伍長に任じた(史書の記載)。
公孫度(こうそんたく)は遼東太守に着任すると、公孫昭を捕らえ、襄平(じょうへい)の市中で杖打ちにして殺した。

関係

  • 公孫度(こうそんたく)と敵対しており、公孫度は彼を捕らえて杖打ちにして殺した。
  • かつて公孫康(こうそんこう)を召し出し、伍長に任じた。

人間関係

1 件の関係

公孫昭 の人物関係図公孫度公孫昭
  • 敵対
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正史 · 巻 8

  • 敵対

    かつて公孫康を伍長にしたため、公孫度に鞭打たれて殺された