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傅羣

傅羣の肖像
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傅羣(ふぐん)は後漢末の荊州(けいしゅう)刺史で、史書によれば楊儀(ようぎ)はその主簿を務めた後、関羽のもとへ去った。

正史 『三国志』巻40 · 『演義』に登場せず

出典

原典に傅羣が登場する箇所

  • 正史 · 巻 40『三国志』

    …建安中,為荊州刺史傅群主簿,背群而詣襄陽太守關羽。羽命為功曹,遣奉使西詣先主。…
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    楊儀字威公,襄陽人也。建安中,為荊州刺史傅群主簿,背群而詣襄陽太守關羽。羽命為功曹,遣奉使西詣先主。先主與語論軍國計策,政治得失,大悅之,因闢為左將軍兵曹掾。及先主為漢中王,拔儀為尚書。先主稱尊號,東征吳,儀與尚書令劉巴不睦,左遷遙署弘農太守。建興三年,丞相亮以為參軍,署府事,將南行。五年,隨亮漢中。八年,遷長史,加綏軍將軍。亮數出軍,儀常規畫分部,籌度糧穀,不稽思慮,斯須便了。軍戎節度,取辦於儀。亮深惜儀之才幹,憑魏延之驍勇,常恨二人之不平,不忍有所偏廢也。十二年,隨亮出屯谷口。亮卒於敵場。儀既領軍還,又誅討延,自以為功勳至大,宜當代亮秉政,呼都尉趙正以周易筮之,卦得家人,默然不悅。而亮平生密指,以儀性狷狹,意在蔣琬,琬遂為尚書令、益州刺史。儀至,拜為中軍師,無所統領,從容而已。

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ほか 3 件

傅羣は荊州(けいしゅう)刺史であり、後漢末の荊州(けいしゅう)方面に属した。資料には登場する章回の記載がなく、演義にも登場しない。

事績

傅羣が荊州(けいしゅう)刺史を務めていたとき、楊儀(ようぎ)はその主簿を務めた。のちに傅羣のもとを離れ、襄陽(じょうよう)へ赴いて関羽(かんう)を頼った。(史書の記載)

関係

  • 楊儀(ようぎ)は傅羣の主簿を務めたのち、傅羣のもとを離れて関羽(かんう)を頼った

人間関係

1 件の関係

傅羣 の人物関係図楊儀傅羣
  • 君臣
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楊儀

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楊儀

臣下

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正史 · 巻 40

  • 楊儀§55

    臣下

    杨仪曾为其主簿

  • 楊儀§55

    裏切った者

    杨仪背之投关羽