曹魏
王弘直

王弘直(おうこうちょく)は魏の典農で、管輅の予言した子の死と勃海太守への転任により記録された。
出典
原典に王弘直が登場する箇所
正史 · 巻 29『三国志』
輅至列人典農王弘直許,有飄風高三尺餘,從申上來,在庭中幢幢迴轉,息以復起,良久乃止。…
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輅至列人典農王弘直許,有飄風高三尺餘,從申上來,在庭中幢幢迴轉,息以復起,良久乃止。直以問輅,輅曰:「東方當有馬吏至,恐父哭子,如何!」明日膠東吏到,直子果亡。直問其故,輅曰:「其日乙卯,則長子之候也。木落於申,鬥建申,申破寅,死喪之候也。日加午而風發,則馬之候也。離為文章,則吏之候也。申未為虎,虎為大人,則父之候也。」有雄雉飛來,登直內鈴柱頭,直大以不安,令輅作卦,輅曰:「到五月必遷。」時三月也,至期,直果為勃海太守。〈輅別傳曰:輅又曰:「夫風以時動,爻以像應,時者神之驅使,象者時之形表,一時其道,不足為難。」王弘直亦大學問,有道術,皆不能精。問輅:「風之推變,乃可爾乎?」輅言:「此但風之毛髮,何足為異?若夫列宿不守,眾神亂行,八風橫起,怒氣電飛,山崩石飛,樹木摧傾,揚塵萬里,仰不見天,鳥獸藏竄,兆民駭驚,於是使梓慎之徒,登高台,望風氣,分災異,刻期日,然後知神思遐幽,靈風可懼。」〉
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王弘直は魏(ぎ)の列人(れつじん)典農であり、『三国(さんごく)演義』には登場しない。
事績
- 管輅(かんろ)が王弘直のもとを訪れた際、庭に旋風が吹くのを見た。弘直がその理由を尋ねると、管輅は東方から馬吏がやって来て、父親が子を亡くして泣くことになると予言した。翌日、膠東(こうとう)の役人が到着し、弘直の息子は予言どおり亡くなった。(史書の記載)
- 雄のキジが飛来し、弘直の家の鈴柱の頂に止まった。弘直は不安になり、管輅に占卦を頼んだ。管輅は五月には必ず異動になると予言し、時期が来ると弘直は予言どおり渤海(ぼっかい)太守に任じられた。(史書の記載)
関係
- 管輅は弘直の息子の死と自身の異動について占った。
- 弘直には息子が一人いたが、資料にはその名が記されていない。

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管輅
友
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正史 · 巻 29
- 管輅§58
友
管輅がそのもとを訪れて客となり、そのために占った