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劉邵

劉邵の肖像
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劉邵(りゅうしょう)は孫呉(そんご)の将軍で、黄武年間に是儀(しぎ)と皖で曹休(そうきゅう)を誘い出し、到着した曹休を大敗させた。

正史 『三国志』巻62 · 『演義』に登場せず

出典

原典に劉邵が登場する箇所

  • 正史 · 巻 62『三国志』

    …黃武中,遣儀之皖就將軍劉邵,欲誘致曹休。休到,大破之,遷偏將軍,入闕省尚書事,外總平諸官,兼領辭訟,又令都諸公於書學。
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    是儀字子羽,北海營陵人也。本姓氏,初為縣吏,後仕郡。郡相孔融嘲儀,言"氏"字"民"無上,可改為"是",乃遂改焉。〈徐众评曰:古之建姓,或以所生,或以官号,或以祖名,皆有义体,以明氏族。故曰胙之以土而命之氏,此先王之典也,所以明本重始,彰示功德,子孙不忘也。今离文析字,横生忌讳,使仪易姓,忘本诬祖,不亦谬哉!教人易姓,从人改族,融既失之,仪又不得也。〉後依劉繇,避亂江東。繇軍改,儀徙會稽。孫權承攝大業,優文征儀。到見親任,專典機密,拜騎都尉。呂蒙圖襲關羽,權以問儀,儀善其計,勸權聽之。從討羽,拜忠義校尉。儀陳謝,權令曰:"孤雖非趙簡子,卿安得不自屈為周捨邪?"既定荊州,都武昌,拜裨將軍,後封都亭侯,守侍中。欲復授兵,儀自以非材,固辭不受。黃武中,遣儀之皖就將軍劉邵,欲誘致曹休。休到,大破之,遷偏將軍,入闕省尚書事,外總平諸官,兼領辭訟,又令都諸公於書學。

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ほか 4 件

劉邵(りゅうしょう)は孫呉(そんご)の将軍で、史書には黄武年間に皖に駐屯していたと記されている。『演義』にはこの人物は登場しない。

事績

黄武年間、孫権(そん けん)は是儀(しぎ)を皖に派遣し、将軍の劉邵と協力して曹休(そうきゅう)をおびき寄せるよう命じた。曹休が到着すると、呉軍は曹休を大いに破り、是儀は偏将軍に昇進した。(史書の記載)

関係

  • 劉邵とともに皖におり、協力して曹休をおびき寄せるよう命じられた
  • 曹休をおびき寄せることに加わり、曹休が到着すると呉軍に大いに破られた

人間関係

1 件の関係

劉邵 の人物関係図是儀劉邵
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