言語
蔡

蔡琰(さいえん)

登場回
1
台詞の記録
2
人間関係
3
内面の独白
1

史載(Historical Record)

(史伝の材料なし)

演中(In the Novel)

蔡琰(さいえん)は、字を文姫といい、『三国(さんごく)演義』では才華あふれ、運命に翻弄される女性として造形されている。彼女の物語は主に曹操(そうそう)が彼女を贖い戻す経緯に集中している。小説の中で、蔡琰は最初、衛道玠の妻であったが、後に北方の胡人にさらわれ、北の地で二人の子を生んだ c:3230。彼女は胡の地で名高い『胡笳十八拍』を作り、この曲は後に中原へ伝わって、曹操の憐れみを引き起こした。曹操は蔡琰の父である蔡邕(さいよう)と平素から親しかったため、使者に千金を携えさせて北方へ遣わし、蔡琰を贖い戻させた。左賢王(さけんおう)は曹操の勢力を恐れて、蔡琰を漢の地へ送り返した c:3230。

蔡琰は漢に帰った後、曹操は彼女を董祀の妻として娶せた。『三国演義』第七十一回において、曹操は潼関(どうかん)へ出兵する途中、藍田を通り、わざわざ蔡邕の荘園へ赴いて蔡琰を訪ねた。当時、董祀は外に出て官を務めており、蔡琰だけが家にいた。蔡琰は曹操の来駕を聞き、急いで出迎え、傍らに侍立した c:13454。曹操は荘園の中で偶然、壁間に曹娥の碑文の図軸が掛けられているのを見て、蔡琰にその由来を尋ねた。蔡琰は曹娥の孝行の物語、ならびにその父・蔡邕が碑の裏に「黄絹幼婦、外孫齏臼」の八字を題した経緯を詳しく語ったが、自分はこの八字の意味を理解していないと述べた c:13454。曹操に随行した謀士の楊修(ようしゅう)はその場でこの隠語を解き、その意が「絶妙好辞」であると指摘し、曹操を大いに驚嘆させるとともに、楊修の才識をも発揮させた。蔡琰の小説における登場は紙幅は多くないが、その身の上と曹操とのやり取りを通じて、その深い文化的素養と悲劇的な個人の運命を示し、同時に曹操の才を愛する心をも側面から引き立てている。

主要な関係

* 蔡邕(kin_of):蔡琰の父であり、『三国演義』では、曹操は蔡邕と親しかったため、蔡琰の境遇に深く憐れみを覚え、出資して彼女を贖い戻した c:3230。
* 衛道玠(spouse_of):蔡琰の最初の夫であり、北方にさらわれる前、蔡琰は衛道玠の妻であった(演義独自)c:3230。
* 董祀(spouse_of):蔡琰が漢に帰った後、曹操は彼女を董祀の妻として娶せた。曹操が蔡琰を訪ねた時、董祀はちょうど外に出て官を務めていた(演義独自)c:3230。
* 曹操:曹操は蔡琰を贖い戻した肝心な人物であり、蔡邕への旧情と蔡琰の才華への惜しみから、千金を費やして彼女を北方から贖い戻した c:3230。

象徴的な場面

* 北方にさらわれることと『胡笳十八拍』:蔡琰は北方の胡人にさらわれ、胡の地で二子を生み、その間に名高い『胡笳十八拍』を作った。この曲は中原に伝わって曹操の注意と憐れみを引き起こし、彼女の漢への帰還を促した(演義独自)c:3230。
* 曹操が藍田に蔡琰を訪ねる:曹操は潼関へ出兵する途中、わざわざ蔡邕の荘園へ赴いて蔡琰を訪ねた。この会見は曹操の故人の後裔と才女への気遣いを示すとともに、曹娥の碑文の典故をも引き出した(演義独自)c:13454。
* 曹娥の碑文と「絶妙好辞」:曹操が蔡琰を訪ねた時、蔡琰は曹操に曹娥の碑文の物語を語り、その父・蔡邕が碑の裏に題した「黄絹幼婦、外孫齏臼」の八字に言及した。この隠語は最終的に楊修によって解かれ、「絶妙好辞」となって、蔡琰の学識と曹操の人材への重視を示した(演義独自)c:13454。

人間関係

3 件の関係

台詞

  • 演 ch.71 §4→ 曹操(そうそう)

    「此乃曹娥之碑也,昔和帝時,上虞有一巫者,名曹旴,能娑婆樂神;五月五日,醉舞舟中,墮江而死。其女年十四歲,遶江啼哭七晝夜,跳入波中;後五日,負父屍浮於江面;里人葬之江邊。上虞令度尚奏聞朝廷,表為孝女。度尚令邯鄲淳作文鐫碑以記其事。時邯鄲淳年方十三歲,文不加點,一揮而就,立石墓側,時人奇之。妾父蔡邕聞而往觀,時日已暮,乃於暗中以手摸碑文而讀之,索筆大書八字於其背。後人鐫石,並未鐫此八字。」

  • 演 ch.71 §4→ 曹操(そうそう)

    「雖先人遺筆,妾實不解其意。」

登場回1 回 ▸
  • 演ch.71
関係の年表3 条 ▸

演 ch.71

内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
  • 私は蔡琰(さいえん)、字は文姫(ぶんき)です。兵馬が潼関(どうかん)を通りかかったとき、曹操(そうそう)公は馬上から藍田の林を眺め、あの荘園について尋ねました。近侍から、そこは父の蔡邕(さいよう)の旧居であり、私と董祀がここに住んでいると聞