穆順
穆
穆順(ぼくじゅん)は張楊の部将。『三国志』に記載はなく、演義では呂布に槍で挑み、戟で馬から落とされた。
出典
原典に穆順が登場する箇所
演義 · 第 5 回『三国志演義』
…上黨太守張楊部將穆順,出馬挺鎗迎戰,被呂布手起一戟,刺於馬下。…
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正慮間,小校報來:「呂布搦戰。」八路諸侯,一齊上馬,軍分八隊,布在高岡。遙望呂布一簇軍馬,繡旗招颭,先來衝陣。上黨太守張楊部將穆順,出馬挺鎗迎戰,被呂布手起一戟,刺於馬下。眾大驚。北海太守孔融部將武安國,使鐵鎚飛馬而出。呂布揮戟拍馬來迎。戰到十餘合,一戟砍斷安國手腕,棄鎚於地而走。八路軍兵齊出,救了武安國。呂布退回去了。眾諸侯回寨商議。曹操曰:「呂布英勇無敵,可會十八路諸侯,共議良策。若擒了呂布,董卓易誅耳。」
戦績
戦場の記録
原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。
- 演第5回討ち取り呂布(りょふ)敗「被呂布手起一戟,刺於馬下」
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演義 · 第 5 回
- 張楊§47
主君
部将;呂布を迎え撃ち、戟の一突きで殺された
内面の独白 · AI 生成1 編 ▸
- 呂布(りょふ)が挑戦してきたとの知らせが届くと、八路の諸侯は一斉に馬に乗り、それぞれ陣を整えた。私は上党太守・張楊(ちょうよう)の部将で、命を受けて出陣し、敵を迎え撃った。遠くから見ると、呂布の軍勢は旗を翻しながら群がり、陣前へと駆け寄って