杜基

杜襲(としゅう)は曹魏(そうぎ)の官僚で、尚書・大将軍軍師を務め、食邑百戸を分けて兄の杜基に関内侯を授けた。
出典
原典に杜基が登場する箇所
正史 · 巻 23『三国志』
…諸葛亮出秦川,大將軍曹真督諸軍拒亮,徙襲爲大將軍軍師,分邑百戶賜兄基爵關內侯。…
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文帝即王位,賜爵關內侯。及踐阼,爲督軍糧禦史,封武平亭侯,更爲督軍糧執法,入爲尚書。明帝即位,進封平陽鄉侯。諸葛亮出秦川,大將軍曹真督諸軍拒亮,徙襲爲大將軍軍師,分邑百戶賜兄基爵關內侯。真薨,司馬宣王代之,襲復爲軍師,增邑三百,幷前五百五十戶。以疾徵還,拜太中大夫。薨,追贈少府,諡曰定侯。子會嗣。
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杜基は曹魏(そうぎ)の人物である。具体的な身分や登場する章回については史料に記載がなく、演義にも登場しない。
事績
文帝が王位に就くと、杜襲(としゅう)は関内侯を賜った。文帝が践阼すると、督軍糧御史に任じられ、武平亭侯に封ぜられた。その後、督軍糧執法に転任し、朝廷に入って尚書となった。(史書の記載)
明帝が即位すると、杜襲は平陽(へいよう)郷侯に進封された。諸葛亮(しょかつりょう)が秦川へ進出した際、大将軍軍師に異動となり、食邑百戸を分けて兄の杜基に与え、関内侯の爵位を賜った。(史書の記載)
曹真(そうしん)の死後、杜襲は再び軍師となり、食邑三百戸を加増された。以前の分と合わせて五百五十戸となった。その後、病のため召還され、太中大夫に任じられた。死後、少府を追贈され、定侯と諡された。(史書の記載)
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