麴光

麴光(きくこう)は曹魏(そうぎ)の西平出身で、郡守殺害のため配下に斬首された。
出典
原典に麴光が登場する箇所
正史 · 巻 15『三国志』
…其後西平麴光等殺其郡守,諸將欲擊之,旣曰:「唯光等造反,郡人未必悉同。…
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酒泉蘇衡反,與羌豪鄰戴及丁令胡萬餘騎攻邊縣。旣與夏侯儒擊破之,衡及鄰戴等皆降。遂上疏請與儒治左城,築鄣塞,置烽候、邸閣以備胡。〈《魏略》曰:儒字俊林,夏侯尚從弟。初為鄢陵侯彰驍騎司馬,宣王為征南將軍,都督荊、豫州。正始二年,朱然圍樊城,城中守將乙脩等求救甚急。儒進屯鄧塞,以兵少不敢進,但作鼓吹,設導從,去然六七里,翱翔而還,使脩等遙見之,數數如是。月餘,及太傅到,乃俱進,然等走。時謂儒為怯,或以為曉以少疑衆,得聲救之宜。儒猶以此召還,為太僕。〉西羌恐,率衆二萬餘落降。其後西平麴光等殺其郡守,諸將欲擊之,旣曰:「唯光等造反,郡人未必悉同。若便以軍臨之,吏民羌胡必謂國家不別是非,更使皆相持著,此為虎傅翼也。光等欲以羌胡為援,今先使羌胡鈔擊,重其賞募,所虜獲者皆以畀之。外沮其勢,內離其交,必不戰而定。」乃檄告諭諸羌,為光等所詿誤者原之;能斬賊帥送首者當加封賞。於是光部黨斬送光首,其餘咸安堵如故。
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麴光は曹魏(そうぎ)の西平出身で、『三国志(さんごくし)』巻十五に記載がある。『三国演義(さんごくえんぎ)』には登場しない。
事績
麴光らが西平郡の太守を殺害した際、張既(ちょうき)はただちに兵を出さず、羌族に檄文を送り、誤って彼らに従った者を赦免すると告げるとともに、賊の首領の首を斬って送った者に賞金を出すとした。(史書の記述)
麴光の配下が彼の首を斬って送り届け、残りの者たちは以前と変わらず平穏になった。(史書の記述)
関係
- 配下が麴光の首を斬って送り届けた。

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張既
敵対
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正史 · 巻 15
- 張既§40
敵対
张既募斩其首,部党斩之