言語

張秉

字 仲節

張秉の肖像
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張秉(ちょうへい)は字を仲節といい、呉の陽羨の人で、かつて顧邵に抜擢され、雲陽太守に至った。

正史 『三国志』巻52 · 『演義』に登場せず

出典

原典に張秉が登場する箇所

  • 正史 · 巻 52『三国志』

    …初,錢唐丁諝出於役伍,陽羨張秉生於庶民。烏程呉粲、雲陽殷禮起乎微賤,邵皆拔而友之,爲立聲譽。…
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    邵字孝則,博覽書傳,好樂人倫。少與舅陸績齊名,而陸遜、張敦、卜靜等皆亞焉。〈吴录曰:敦字叔方,静字玄风,并吴郡人。敦德量渊懿,清虚淡泊,又善文辞。孙权为车骑将军,辟西曹掾,转主簿,出补海昬令,甚有惠化,年三十二卒。卜静终於剡令。〉自州郡庶幾及四方人士,往來相見,或言議而去,或結厚而別,風聲流聞,遠近稱之。權妻以策女。年二十七,起家爲豫章太守。下車祀先賢徐孺子之墓。優待其後。禁其淫祀非禮之祭者。小吏資質佳者,輒令就學,擇其先進,擢置右職,舉善以教,風化大行。初,錢唐丁諝出於役伍,陽羨張秉生於庶民。烏程呉粲、雲陽殷禮起乎微賤,邵皆拔而友之,爲立聲譽。秉遭大喪,親爲制服結絰。邵當之豫章,發在近路,值秉疾病,時送者百數。邵辭賓客曰:"張仲節有疾,苦不能來別,恨不見之,暫還與訣,諸君少時相待。"其留心下士,惟善所在,皆此類也。諝至典軍中郎,秉雲陽太守,禮零陵太守,〈礼子基作通语曰:礼字德嗣,弱不好弄,潜识过人。少为郡吏,年十九,守吴县丞。孙权为王,召除郎中。后与张温俱使蜀,诸葛亮甚称叹之。稍迁至零陵太守,卒官。文士传曰:礼子基,无难督,以才学知名,著通语数十篇。有三子。巨字元大,有才器,初为吴偏将军,统家部曲,城夏口,吴平后,为苍梧太守。少子祐,字庆元,吴郡太守。〉粲太子少傅。世以邵爲知人。在郡五年,卒官,子譚、承雲。

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ほか 3 件

張秉(ちょうへい)は、字(あざな)を仲節(ちゅうせつ)といい、陽羨(ようせん)の人で、呉に属した。『三国(さんごく)演義』には登場しない。

事績

顧邵(こしょう)に抜擢され、庶民から名を知られるようになり、のちに雲陽太守を務めた。(史書の記載)
張秉が大喪に遭った際、顧邵は自ら喪に服し、絰(てつ)を結んだ。顧邵は豫章郡(よしょうぐん)へ赴く途中、張秉が病にかかったと知り、いったん引き返して別れを告げた。(史書の記載)

関係

  • 顧邵に抜擢された。顧邵はかつて自ら張秉の喪に服し、赴任の途中で引き返して見舞い、別れを告げた。

人間関係

1 件の関係

張秉 の人物関係図顧邵張秉
  • 友人
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顧邵

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正史 · 巻 52

  • 顧邵§31

    友

    顾邵拔于庶民而友之