言語

衛旌

字 子旗

衛旌の肖像
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衛旌(えいせい)は呉人で、歩騭(ほしつ)と親交があり、共に瓜を栽培して焦征羌を訪ね、尚書に至った。

正史 『三国志』巻52 · 『演義』に登場せず

出典

原典に衛旌が登場する箇所

  • 正史 · 巻 52『三国志』

    …〈吳錄曰:衛旌字子旗,官至尚書。〉
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    會稽焦征羌,郡之豪族,〈吳錄曰:征羌名矯,嘗為征羌令。〉人客放縱。騭與旌求食其地,懼爲所侵。乃共修刺奉瓜,以獻征羌。征羌方在內臥,駐之移時,旌欲委去。騭止之曰:「本所以來,畏其強也。而今捨去,欲以爲高,只結怨耳。」良久,征羌開牖見之,身隱几坐帳中,設席致地,坐騭、旌於牖外,旌愈恥之,騭辭色自若。征羌作食,身享大案,殽膳重沓,以小盤飯與騭、旌,惟菜茹而已。旌不能食,騭極飯致飽乃辭出。旌怒騭曰:「何能忍此?」騭曰:「吾等貧賤,是以主人以貧賤遇之,固其宜也,當何所恥?」〈吳錄曰:衛旌字子旗,官至尚書。〉

  • 正史 · 巻 52『三国志』

    歩騭字子山,臨淮淮陰人也。〈吳書曰:晉有大夫楊食採於歩,後有歩叔,與七十子師事仲尼。…
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    歩騭字子山,臨淮淮陰人也。〈吳書曰:晉有大夫楊食採於歩,後有歩叔,與七十子師事仲尼。秦漢之際有為將軍者,以功封淮陰侯,騭其後也。〉世亂,避難江東,單身窮困。與廣陵衞旌同年相善,俱以種瓜自給,晝勤四體,夜誦經傳。〈吳書曰:騭博研道藝,靡不貫覽,性寬雅沈深,能降志辱身。〉

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ほか 3 件

衛旌(えいせい)、字(あざな)は子旗(しき)。広陵(こうりょう)の人で、歩騭(ほしつ)とは同年に親しく交わった。『演義』には登場しない。

事績

衛旌と歩騭は貧しかった頃、ともに瓜を育てて自給していた。かつて焦征羌(しょうせいきょう)のもとに食を求めに行き、二人は名刺を整え、瓜を携えて訪ねた。(史書の記載)
焦征羌は衛旌と歩騭を窓の外に座らせ、小皿の料理しか与えなかった。衛旌は憤って食べられなかったが、歩騭は満腹になるまで食べてから辞去した。(史書の記載)

関係

  • 歩騭とは同年に親しく交わり、ともに瓜を育てて自給し、焦征羌を訪ねたことがある。
  • 官位は尚書に至った。

人間関係

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