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李朝

字 偉南 · –222

李朝の肖像
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李朝(りちょう)は字を偉南といい、蜀漢(しょくかん)で別駕従事を務め、夷陵の戦い(いりょうのたたかい)で呉を攻める劉備に従い、永安(えいあん)で没した。

正史 『三国志』巻45 · 『演義』に登場せず

出典

原典に李朝が登場する箇所

  • 正史 · 巻 45『三国志』

    … ──贊王國山、李永南、馬盛衡、馬承伯、李孫德、李偉南,龔德緒、王義強
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    濟濟脩志,蜀之芬香。 ──贊王國山、李永南、馬盛衡、馬承伯、李孫德、李偉南,龔德緒、王義強

  • 正史 · 巻 45『三国志』

    偉南名朝,永南兄。郡功曹,舉孝廉,臨邛令,入為別駕從事。隨先主東征吳,章武二年卒於永安。…
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    偉南名朝,永南兄。郡功曹,舉孝廉,臨邛令,入為別駕從事。隨先主東征吳,章武二年卒於永安。 〈《益部耆舊雜記》曰:朝又有一弟,早亡,各有才望,時人號之李氏三龍。《華陽國志》曰:群下上先主為漢中王;其文,朝所造也。臣松之案耆舊所記,以朝、邵及早亡者為三龍。邈之狂直,不得在此數。 〉  德緒名祿,巴西安漢人也。先主定益州,為郡從事牙門將。建興三年,為越巂太守,隨丞相亮南征,為蠻夷所害,時年三十一。弟衡,景耀中為領軍。  義強名士,廣漢郪人,國山從兄也。從先主入蜀後,舉孝廉,為符節長,遷牙門將,出為宕渠太守,徙在犍為。會丞相亮南征,轉為益州太守,將南行,為蠻夷所害。

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ほか 3 件

李朝(りちょう)、字は偉南(いなん)。蜀漢(しょくかん)の官吏で、『三国志(さんごくし)』巻四十五に記載がある。『演義』には登場しない。

事績

  • 李朝はかつて郡の功曹や臨邛令を務め、のちに朝廷に入り、別駕従事となった。(史書の記載)
  • 李朝は劉備(りゅうび)の呉への東征に従い、章武二年に永安(えいあん)で亡くなった。(史書の記載)
  • 『華陽国志』に記載された、群臣が劉備を漢中王に推挙する文書は、李朝が起草した。(史書の記載)

関係

  • 李朝は李邵(りしょう)の兄である。
  • 李朝には早世した弟が一人いたが、史料にその名は記されていない。

人間関係

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