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骨進

骨進の肖像
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骨進(こつしん)は北狄・烏丸の王で、田豫の命で斬られた。

正史 『三国志』巻26 · 『演義』に登場せず

出典

原典に骨進が登場する箇所

  • 正史 · 巻 26『三国志』

    …又烏丸王骨進桀黠不恭,豫因出塞案行,單將麾下百餘騎入進部。進逆拜,遂使左右斬進,顯其罪惡以令衆。…
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    文帝初,北狄彊盛,侵擾邊塞,乃使豫持節護烏丸校尉,牽招、解儁并護鮮卑。自高柳以東,濊貊以西,鮮卑數十部,比能、彌加、素利割地統御,各有分界;乃共誓要,皆不得以馬與中國市。豫以戎狄爲一,非中國之利,乃先搆離之,使自爲讎敵,互相攻伐。素利違盟,出馬千匹與官,爲比能所攻,求救於豫。豫恐遂相兼并,爲害滋深,宜救善討惡,示信衆狄。單將銳卒,深入虜庭,胡人衆多,鈔軍前後,斷截歸路。豫乃進軍,去虜十餘里結屯營,多聚牛馬糞然之,從他道引去。胡見煙火不絕,以爲尚在,去,行數十里乃知之。追豫到馬城,圍之十重,豫密嚴,使司馬建旌旗,鳴鼓吹,將步騎從南門出,胡人皆屬目往赴之。豫將精銳自北門出,鼓譟而起,兩頭俱發,出虜不意,虜衆散亂,皆棄弓馬步走,追討二十餘里,僵尸蔽地。又烏丸王骨進桀黠不恭,豫因出塞案行,單將麾下百餘騎入進部。進逆拜,遂使左右斬進,顯其罪惡以令衆。衆皆怖慴不敢動,便以進弟代進。自是胡人破膽,威震沙漠。山賊高艾,衆數千人,寇鈔,爲幽、冀害,豫誘使鮮卑素利部斬艾,傳首京都。封豫長樂亭侯。爲校尉九年,其御夷狄,恒摧抑兼并,乖散彊猾。凡逋亡姦宄,爲胡作計不利官者,豫皆構刺攪離,使凶邪之謀不遂,聚居之類不安。事業未究,而幽州刺史王雄支黨欲令雄領烏丸校尉,毀豫亂邊,爲國生事。遂轉豫爲汝南太守,加殄夷將軍。

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ほか 3 件

骨進は烏丸王であり、北狄勢力に属する人物である。『三国演義』には登場しない。

事績

田豫(でんよ)が塞外を巡行した際、麾下の百余騎を率いて骨進の部族のもとへ入った。骨進が出迎えて拝礼すると、田豫はただちに側近に命じて彼を斬殺させ、その罪を公表して人々に示した(史書の記載)。
骨進の部下たちは皆恐れ、動こうとしなかった。そこで田豫は骨進の弟に後を継がせた。それ以降、胡人は震え恐れ、田豫の威名は沙漠に響き渡った(史書の記載)。

関係

  • 烏丸王であり、所属する部族は骨進の部である。
  • 骨進の弟がその地位を継いだ。
  • 田豫が人に命じて骨進を斬殺させた。

人間関係

1 件の関係

骨進 の人物関係図田豫骨進
  • 敵対
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戦績

戦場の記録

原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

田豫

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田豫

敵対

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正史 · 巻 26

  • 田豫§17

    敵対

    为护乌丸校尉田豫所斩