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王文雍

王文雍の肖像
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王文雍(おう ぶんよう)は呉の南陽王夫人の同母弟で、亭侯に封じられた。

正史 『三国志』巻50 · 『演義』に登場せず

出典

原典に王文雍が登場する箇所

  • 正史 · 巻 50『三国志』

    …王氏無後,封同母弟文雍為亭侯。
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    吳主權王夫人,南陽人也。以選人宮,嘉禾中得幸,生(孫)休。及和為太子,和母貴重,諸姬有寵者,皆出居外。夫人出公安,卒,因葬焉。休即位,遣使追尊曰敬懷皇后,改葬敬陵。王氏無後,封同母弟文雍為亭侯。

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王文雍は三国(さんごく)の呉の南陽王夫人の同母弟で、『三国志(さんごくし)』巻五十に記されている。演義には登場しない。

事績

孫休(そん きゅう)が即位した後、使者を遣わして母の王夫人を敬懐皇后と追尊し、敬陵に改葬するとともに、王文雍を亭侯に封じた(史書の記載)。

関係

人間関係

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王文雍 の人物関係図南陽王夫人王文雍
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正史 · 巻 50

  • 兄弟姉妹

    同母の弟;休が即位すると亭侯に封じられた