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洪進

洪進の肖像
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洪進(こうしん)は建安の賊帥の一人で、史書では賀齊の討伐で降伏したとされ、『三国(さんごく)演義』には登場しない。

正史 『三国志』巻60 · 『演義』に登場せず

出典

原典に洪進が登場する箇所

  • 正史 · 巻 60『三国志』

    …賊洪明、洪進、苑御、吳免、華當等五人,率各萬戶,連屯漢興,吳五六千戶別屯大潭。…
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    侯官既平。而建安、漢興、南平復亂,齊進兵建安,立都尉府,是歲八年也。郡發屬縣五千兵,各使本縣長將之,皆受齊節度。賊洪明、洪進、苑御、吳免、華當等五人,率各萬戶,連屯漢興,吳五六千戶別屯大潭。鄒臨六千戶別屯蓋竹,大潭同出餘汗。〈音干。〉軍討漢興,經餘汗。齊以為賊眾兵少,深入無繼,恐為所斷,令松陽長丁蕃留備余汗。蕃本與齊鄰城,恥見部伍,辭不肯留。齊乃斬蕃,於是軍中震慄。無不用命。遂分兵留備,進討明等,連大破之。臨陳斬明,其免、當、進、御皆降。轉擊蓋竹,軍向大潭,三將又降。凡討治斬首六千級,名帥盡擒。復立縣邑,料出兵萬人,拜為平東校尉。十年,轉討上饒,分以為建平縣。

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ほか 3 件

洪進は三国(さんごく)時代の建安の賊帥の一人で、地元の反乱軍に属していた。『三国演義』には登場しない。

事績

賀齊が漢興(かんこう)などの地の賊を討伐した際、洪進は吳免、華當、苑御らとともに降伏した。その後、賀齊が転じて蓋竹(がいちく)を攻め、大潭(だいたん)へ進軍すると、三将もまた降伏した。(史書によれば)

関係

  • 洪明、苑御、吳免、華當とともに賊帥を務めた

人間関係

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洪進 の人物関係図賀齊洪進
  • 敵対
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正史 · 巻 60

  • 敵対

    賀齊に討伐され、軍が敗れて降伏した