言語

駱俊

字 孝遠 · –197

駱俊の肖像
他の人物と同じ場面に →

駱俊(らくしゅん)は漢末の陳に属し、陳相を務め、領地を守り民を救済したが、袁術に殺されたと記される。

正史 『三国志』巻57 · 『演義』に登場せず

出典

原典に駱俊が登場する箇所

  • 正史 · 巻 57『三国志』

    …〈谢承《后汉书》曰:俊字孝远,有文武才幹,少为郡吏,察孝廉,补尚书郎,擢拜陈相。…
    段落全文を読む

    駱統字公緒,會稽烏傷人也。父俊,官至陳相。為袁術所害。〈谢承《后汉书》曰:俊字孝远,有文武才幹,少为郡吏,察孝廉,补尚书郎,擢拜陈相。值袁术僭号,兄弟忿争,天下鼎沸,群贼并起,陈与比界,奸慝四布,俊厉威武,保疆境,贼不敢犯。养济百姓,灾害不生,岁获丰稔。后术军众饥困,就俊求粮。俊疾恶术,初不应答。术怒,密使人杀俊。〉統母改適,為華歆小妻,統時八歲,遂與親客歸會稽。其母送之,拜辭上車,面而不顧,其母泣涕於後。御者曰:「夫人猶在也。」統曰:「不欲增母思,故不顧耳。」事適母甚謹。時饑荒,鄉里及遠方客多有困乏,統為之飲食衰少。其姊仁愛有行,寡歸無子,見統甚哀之,數問其故。統曰:「士大夫糟糠不足,我何心獨飽!」姊曰:「誠如是,何不告我,而自苦若此?」乃自以私粟與統,又以告母,母亦賢之,遂使分施,由是顯名。

ランキング

各ランキングでの順位。

ほか 3 件

駱俊(らくしゅん)、字は孝遠(こうえん)。駱統の父で、かつて陳相を務めた。『演義』には登場しない。

事績

駱俊は若くして郡吏となり、察挙によって孝廉に推挙され、尚書郎に任じられた後、陳相に抜擢された。(史書の記載)
袁術(えんじゅつ)が僭称し、陳の地の国境が不穏だったとき、駱俊は軍紀を正して威厳を示し、国境を守ったため、盗賊は侵入を恐れた。また、民を救済し、土地に災害が起きず、豊作となるようにした。(史書の記載)
袁術の軍勢が飢えに苦しみ、駱俊に食糧を求めた。駱俊は袁術を憎み、当初は応じなかったが、のちに袁術が密かに人を遣わして殺害した。(史書の記載)

関係

  • 駱統の父
  • 袁術に殺害された

人間関係

1 件の関係

駱俊 の人物関係図駱統駱俊
  • 親族
扇形は関係の種類ごとの区分。内側の環は最も関わりの深い 1 人。ノードにホバーまたはフォーカスすると詳細を表示

全 1 人を表示

駱統

続けて読む

駱統

子

駱統へ →
関係の年表1 件 ▸

正史 · 巻 57

  • 駱統§42

    子

    父の俊は陳の宰相であり、袁術に殺害された