言語

張奕

張奕の肖像
他の人物と同じ場面に →

張奕(ちょう えき)は東呉の交阯将で、孫皓の密命で楼玄を殺すよう命じられたが、手を下せず、後に急死した。

正史 『三国志』巻65 · 『演義』に登場せず

出典

原典に張奕が登場する箇所

  • 正史 · 巻 65『三国志』

    皓話玄名聲,復徙玄及子據,付交阯將張奕,使以戰自效,陰別敕奕令殺之。…
    段落全文を読む

    皓話玄名聲,復徙玄及子據,付交阯將張奕,使以戰自效,陰別敕奕令殺之。據到交阯,病死。玄一身隨亦討賊,持刀步涉,見亦輒拜,亦未忍殺。會亦暴卒,玄殯斂亦,於器中見敕書,還便自殺。〈江表傳曰:皓遣將張奕追賜玄鴆,奕以玄賢者,不忍即宣詔致藥,玄陰知之,謂奕曰:「當早告玄,玄何惜邪?」即服藥死。臣松之以玄之清高,必不以安危易操,无緣驟拜張奕,以虧其節。且祸機既發,豈百拜所免?江表傳所言,於理為長。〉

ランキング

各ランキングでの順位。

ほか 3 件

張奕は東呉の交阯将で、『三国志(さんごくし)』巻六十五に記されている。『演義』には登場しない。

事績

孫皓(そん こう)は楼玄(ろうげん)とその子の樓據を交阯へ移し、張奕に引き渡すとともに、密かに楼玄を殺すよう命じた。樓據は交阯に着いた後、病死した。楼玄は張奕に従って賊の討伐に赴き、刀を手に歩き、張奕を見ると拝礼した。張奕は彼を殺すに忍びなかった(史書の記載)。
張奕が急死すると、楼玄は彼の葬儀を執り行う際、器物の中から密勅を見つけた。戻った後、自殺した。裴松之(はい しょうし)が引く『江表伝』では、張奕が追って楼玄に毒酒を賜り、楼玄はそれを知ると薬を服して死んだとも記されている(史書の記載)。

関係

  • 孫皓の密勅を受け、楼玄を処置することになったが、張奕は楼玄を殺すに忍びなかった。
  • 樓據は楼玄とともに交阯へ移り、その後、病死した。

人間関係

1 件の関係

張奕 の人物関係図楼玄張奕
  • 友人
扇形は関係の種類ごとの区分。内側の環は最も関わりの深い 1 人。ノードにホバーまたはフォーカスすると詳細を表示

全 1 人を表示

楼玄

続けて読む

楼玄

友

楼玄へ →
関係の年表1 件 ▸

正史 · 巻 65

  • 楼玄§14

    友

    楼玄は奕に従って賊を討ち、刀を持って徒歩で渡った;奕が急死し、楼玄は葬儀を整えて勅書を見て帰ると、すぐに自殺した