胡氏

胡氏(こし)は蜀漢(しょくかん)の大臣・劉琰(りゅうえん)の妻で、入宮後一月留め置かれ、劉琰に後主との密通を疑われたことで知られる。
出典
原典に胡氏が登場する箇所
正史 · 巻 40『三国志』
…十二年正月,琰妻胡氏入賀太后,太后令特留胡氏,經月乃出。胡氏有美色,琰疑其與後主有私,呼(卒)五百撾胡,至於以履搏面,而後棄遣。…
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琰失志慌惚。十二年正月,琰妻胡氏入賀太后,太后令特留胡氏,經月乃出。胡氏有美色,琰疑其與後主有私,呼(卒)五百撾胡,至於以履搏面,而後棄遣。胡具以告言琰,琰坐下獄。有司議曰:「卒非撾妻之人,面非受履之地。」琰竟棄市。自是大臣妻母朝慶遂絕。
演義 · 第 115 回『三国志演義』
…時有大臣劉琰妻胡氏,極有顏色;因入宮朝見皇后,后留在宮中,一月方出。…
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話分兩頭。卻說後主在成都,聽信宦官黃皓之言,又溺於酒色,不理朝政。時有大臣劉琰妻胡氏,極有顏色;因入宮朝見皇后,后留在宮中,一月方出。琰疑其妻與後主私通,乃喚帳下軍士五百人,列於前,將妻綁縛,令每軍以履撻其面數十,幾死復甦。後主聞之大怒,令有司議劉琰罪。有司議得:卒非撻妻之人,面非受刑之地:合當棄市。遂斬劉琰。自此命婦不許入朝。然一時官僚以後主荒淫,多有疑怨者。於是賢人漸退,小人日進。時右將軍閻宇,身無寸功;只因阿附黃皓,遂得重爵;聞姜維統兵在祁山,乃說皓奏後主曰:「姜維屢戰無功,可命閻宇代之。」後主從其言,遣使齎詔,召回姜維。維正在祁山攻打寨柵,忽一日三道詔至,宣維班師。維只得遵命,先令洮陽兵退,次後與張翼徐徐而退。鄧艾在寨中,只聽得一夜鼓角喧天,不知何意。至平明,人報蜀兵盡退,止留空寨。艾疑有計,不敢追襲。
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胡氏は蜀漢(しょくかん)の大臣、劉琰(りゅうえん)の妻であり、『三国(さんごく)演義』第115回に登場する。
事績
史書によれば、胡氏は容貌が美しかった。建興12年正月、彼女は宮中に入り太后に祝賀を述べた。太后は特に彼女を引き留め、約1か月後になってようやく宮中から帰した。 劉琰は彼女が後主と密通しているのではないかと疑い、兵卒500人に履物で彼女の顔を打たせた後、彼女を見捨てて追い出した。胡氏はこの件を告発し、そのため劉琰は投獄され、処刑された。
演義では、胡氏は宮中に入り皇后に拝謁した後、宮中に1か月留め置かれた。劉琰は彼女が後主と密通しているのではないかと疑い、兵士500人に履物で彼女の顔を打たせ、彼女は危うく死にかけた。後主は担当官に罪を審議させ、劉琰は斬首された。それ以降、命婦が朝廷に参内することは許されなくなった。(演義)
関係
- 劉琰の妻
- 後主との関係については、劉琰が密通を疑ったという記述があるのみで、二人に実際に密通があったとは資料に記されていない。

続けて読む
劉琰
配偶者