史載(Historical Record)
奚泥という人物について、『三国志(さんごくし)』などの正史の記載には明確な言及がない。史料には奚泥という名の将領や人物は登場せず、また烏戈国、藤甲軍などに関する記載もない。したがって、史学的観点から言えば、奚泥は実在の歴史的人物ではなく、その事績も考証のしようがない。
演中(In the Novel)
羅貫中の歴史小説『三国演義』においては、奚泥は鮮明な文学的色彩を帯びた人物である。彼は烏戈国の国主である兀突骨(ごつとつこつ)の麾下の二人の領兵俘長の一人として、土安と並び、ともに名声高い藤甲軍を統率している。奚泥の登場は、孟獲(もうかく)が七度目に諸葛亮(しょかつりょう)に擒えられてまた釈放された後、援兵を求めて蜀漢(しょくかん)軍に対抗するため、孟獲が帯来洞主(たいらいどうしゅ)の進言に従い、烏戈国へ助けを求めに赴いた場面である。烏戈国主の兀突骨は、身の丈一丈二、五穀を食わず、生きた蛇や悪獣を食らう異人として描かれ、その配下の藤甲軍はさらに刀箭も通さず、川を渡っても沈まない精鋭部隊である。
孟獲が兀突骨に過去の出来事を泣いて訴え、助けを請うと、兀突骨は快く承諾し、ただちに奚泥と土安の二人の俘長を召集し、彼らに三万の藤甲兵を率いて出征するよう命じた。これらの藤甲兵は特製の藤甲を着ており、この藤甲は山間の谷の藤の蔓を何度も油に浸して十数回干して作られ、極めて強い防護力を持っていた。奚泥と土安は命を受けると、兀突骨とともに、この特殊な軍を率いて烏戈国を出発し、東北方向へ進発し、最終的に桃花水の渡し場に営を構えて、蜀軍との交戦を待った。演義の叙述においては、奚泥の役割は主に兀突骨の部下として、その命令を執行し、蜀漢への軍事行動に参加するというものである。彼の存在は、藤甲軍の強大さと兀突骨の異能を引き立てるためのものであり、それによって諸葛亮が最終的に藤甲軍を智略で討つ筋の伏線を敷き、諸葛亮の知謀の卓越ぶりを示している。史に明記なく、奚泥は完全に文学的創作の産物である。
重要な関係
* 兀突骨(commands_in):奚泥は烏戈国の国主である兀突骨の部下で、領兵俘長の職を担い、直接兀突骨の指揮に従う。『三国演義』においては、兀突骨が孟獲を助けるために出兵を決めた際、彼が奚泥と土安を呼び寄せ、彼らに三万の藤甲兵を率いて出征するよう命じたのである(演義独自)。
象徴的な場面
* 命を受けて烏戈国から出征する:奚泥の象徴的な場面は、烏戈国主の兀突骨の命を受け、もう一人の俘長である土安とともに、三万の藤甲軍を率いて、堂々と烏戈国を出発し、桃花水の渡し場へ赴いて、蜀漢軍との交戦に備える場面である。この場面は藤甲軍の独特さを示すだけでなく、激しい戦いが間近に迫っていることをも予示している(演義独自)。
人間関係
1 件の関係
その他1
登場回1 回 ▸
- 演ch.90
関係の年表1 条 ▸
演 ch.90
- 兀突骨(ごつとつこつ)§10
commands_in
受命引藤甲军先锋
内面の独白 · AI 生成1 段 ▸
- 我が名は奚泥(けいでい)。国主の兀突骨(ごつとつこつ)の命を受け、土安(どあん)とともに兵三万を率いた。皆、藤甲を身にまとい、烏戈国を発って北東へ向かった。隊列の中を進むと、耳元には足音と甲葉が触れ合う音ばかりが響いていた。兵が多いからとい