陳茂

陳茂(ちんぼう)は南陽(なんよう)の豪族で、韓曁(かんき)の父兄を誣告し、韓曁に捕らえられて首を墓前に供えられた。
出典
原典に陳茂が登場する箇所
正史 · 巻 24『三国志』
…〉同縣豪右陳茂,譖曁父兄,幾至大辟。曁陽不以為言,庸賃積資,陰結死士,遂追呼尋禽茂,以首祭父墓,由是顯名。…
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韓曁字公至,南陽堵陽人也。〈《楚國先賢傳》曰:曁,韓王信之後。祖術,河東太守。父純,南郡太守。〉同縣豪右陳茂,譖曁父兄,幾至大辟。曁陽不以為言,庸賃積資,陰結死士,遂追呼尋禽茂,以首祭父墓,由是顯名。舉孝廉,司空辟,皆不就。乃變名姓,隱居避亂魯陽山中。山民合黨,欲行寇掠。曁散家財以供牛酒,請其渠帥,為陳安危。山民化之,終不為害。避袁術命召,徙居山都之山。荊州牧劉表禮辟,遂遁逃,南居孱陵界,所在見敬愛,而表深恨之。曁懼,應命,除宜城長。
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- 史巻24処刑韓曁(かんき)敗「遂追呼尋禽茂,以首祭父墓」

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