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董岑

董岑の肖像
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董岑(とうしん)は東呉の周魴の親族で、偽りの降伏を装い、書簡を奉じて曹休を誘い出したと史書に記される。

正史 『三国志』巻60 · 『演義』に登場せず

出典

原典に董岑が登場する箇所

  • 正史 · 巻 60『三国志』

    …謹遣親人董岑、邵南等托叛奉箋。時事變故,列於別紙,惟明公君侯垂日月之光,照遠民之趣,永令歸命者有所戴賴。…
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    其一曰:"魴以千載饒幸,得備州民,遠隔江川,敬恪未顯,瞻望雲景,天實為之。精誠微薄,名位不昭,雖懷焦渴,曷緣見明?狐死首丘,人情戀本,而逼所制,奉覿禮違。每獨矯首西顧,未嘗不寤寐勞歎,展轉反側也。今因隙穴之際,得陳宿昔之志,非神啟之,豈能致此!不勝翹企,萬里托命。謹遣親人董岑、邵南等托叛奉箋。時事變故,列於別紙,惟明公君侯垂日月之光,照遠民之趣,永令歸命者有所戴賴。"

  • 正史 · 巻 60『三国志』

    周魴字子魚,吳郡陽羨人也。少好學,舉孝廉,為寧國長,轉在懷安。…
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    周魴字子魚,吳郡陽羨人也。少好學,舉孝廉,為寧國長,轉在懷安。錢唐大帥彭式等蟻聚為寇,以魴為錢唐侯相,旬月之間,斬式首及其支黨,遷丹楊西部都尉。黃武中。鄱陽大帥彭綺作亂,攻沒屬城,乃以魴為鄱陽太守,與胡綜戮力攻討,遂生禽綺,送詣武昌,加昭義校尉。被命密求山中舊族名帥為北敵所聞知者,令譎挑魏大司馬揚州牧曹休。魴答,恐民帥小丑不足仗任,事或漏洩,不能致休,乞遣親人賫箋七條以誘休。

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ほか 3 件

董岑(Dōng Cén)は、東呉の周魴(しゅうほう)の親族で、偽って呉に叛き、書簡を奉じて曹休(そうきゅう)を誘い出す役目を担った。『演義』には登場しない。

事績

周魴が曹休を誘い出すよう命じられた際、董岑と邵南(Shào Nán)を遣わし、偽って呉に叛いたと称して曹休に書簡を奉じ、帰順の意を示させた。(史書の記載)

関係

  • 周魴の親族で、その命を受けて偽って叛き、書簡を奉じた

人間関係

1 件の関係

董岑 の人物関係図周魴董岑
  • 君臣
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周魴

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正史 · 巻 60

  • 周魴§43

    主君

    周魴の親族で、周魴のために偽りの叛意を託した書簡を曹休に届けた