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劉節

劉節の肖像
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劉節(りゅうせつ)は曹魏(そうぎ)の荊州(けいしゅう)で郡主簿を務め、徴用される賓客をかくまい司馬芝(しばし)に追及された。

正史 『三国志』巻12 · 『演義』に登場せず

出典

原典に劉節が登場する箇所

  • 正史 · 巻 12『三国志』

    …郡主簿劉節,舊族豪侠,賓客千餘家,出爲盗賊,入亂吏治。顷之,芝差節客王同等爲兵,掾史据白:『節家前后未嘗给繇,若至時藏匿,必爲留负。』…
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    太祖平荆州,以芝爲菅長。時天下草创,多不奉法。郡主簿劉節,舊族豪侠,賓客千餘家,出爲盗賊,入亂吏治。顷之,芝差節客王同等爲兵,掾史据白:『節家前后未嘗给繇,若至時藏匿,必爲留负。』芝不聽,與節書曰:『君爲大宗,加股肱郡,而賓客每不與役,既眾庶怨望,或流聲上聞。今(条)同等爲兵,幸時发遣。』兵已集郡,而節藏同等,因令督郵以軍兴诡责縣,縣掾史穷困,乞代同行。芝乃馳檄濟南,具陳節罪。太守郝光素敬信芝,即以節代同行,青州號芝『以郡主簿爲兵』。遷广平令。征虏將軍劉勛,貴寵骄豪,又芝故郡將,賓客子弟在界數犯法。勛與芝書,不著姓名,而多所属讬,芝不報其書,一皆如法。后勛以不轨誅,交关者皆獲罪,而芝以見稱。〈《魏略》曰:勛字子臺,琅邪人。中平末,爲沛國建平長,與太祖有舊。后爲庐江太守,爲孫策所破,自歸太祖,封列侯,遂從在散伍議中。勛兄爲豫州刺史,病亡。兄子威,又代從政。勛自恃與太祖有宿,日骄慢,數犯法,又誹謗。爲李申成所白,收治,並免威官。〉

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ほか 3 件

劉節は曹魏(そうぎ)の荊州(けいしゅう)時代に郡の主簿を務めた人物で、地元の旧族に属する豪侠だった。『演義』には登場しない。

事績

劉節の賓客は千余家にのぼり、外に出れば盗賊となり、家に入れば役人の政務を乱した。司馬芝(しばし)が劉節の賓客である王同らを兵役に徴発すると、劉節は王同らをかくまった。その後、司馬芝が檄文を送って罪状を列挙したため、太守の郝光は劉節に王同らの代わりに兵役を務めさせた。この一件により、青州(せいしゅう)では司馬芝が「郡の主簿を兵役に就かせた」と称された(史書の記載)。

関係

  • 賓客の徴発をめぐり、司馬芝と関わりがあった。
  • 賓客には王同らが含まれていた。

人間関係

3 件の関係

劉節 の人物関係図王同郝光司馬芝劉節
  • 君臣
  • 敵対
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郝光

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正史 · 巻 12

  • 敵対

    郡主簿であり、客の王同らを匿って労役に抵抗させた;結局「郡主簿を兵にした」として処罰された