言語

曹闡

曹闡の肖像
他の人物と同じ場面に →

曹闡(そうせん)は曹魏(そうぎ)の宗室・曹範の弟で、詔を受けて曹整の後を継ぎ、郿公に封じられた。

正史 『三国志』巻20 · 『演義』に登場せず

出典

原典に曹闡が登場する箇所

  • 正史 · 巻 20『三国志』

    郿戴公子整,奉從叔父郎中紹後。建安二十二年,封郿侯。二十三年薨。…
    段落全文を読む

    郿戴公子整,奉從叔父郎中紹後。建安二十二年,封郿侯。二十三年薨。無子。黃初二年追進爵,諡曰戴公。以彭城王據子范奉整後。三年,封平氏侯。四年,徙封成武。太和三年,進爵爲公。靑龍三年薨。諡曰悼公。無後。四年,詔以範弟東安鄕公闡爲郿公,奉整後。正元、景元中、累增邑,幷前千八百戸。

ランキング

各ランキングでの順位。

ほか 3 件

曹闡は曹魏(そうぎ)の宗室である曹範の弟で、曹整の後を継いだ。登場する章回は記されておらず、演義にもこの人物は登場しない。

事績

曹整に後嗣がいなかったため、曹闡は青龍四年に詔を受けて郿公となり、曹整の後を継いだ。正元・景元年間にはたびたび封邑を加増され、もとの封邑と合わせて一千八百戸となった(史書に記載)。

関係

人間関係

1 件の関係

曹闡 の人物関係図曹整曹闡
  • 親族
扇形は関係の種類ごとの区分。内側の環は最も関わりの深い 1 人。ノードにホバーまたはフォーカスすると詳細を表示

全 1 人を表示

曹整

続けて読む

曹整

親族

曹整へ →
関係の年表1 件 ▸

正史 · 巻 20

  • 曹整§73

    親族

    范の弟である東安郷公の闡が郿公となり、整の後を継いだ