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柴玉

柴玉の肖像
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柴玉(さいぎょく)は漢代の鋳鐘工で、後に曹魏(そうぎ)の太楽令・協律都尉を務め、鐘の鋳造をめぐり杜夔と争った。

正史 『三国志』巻29 · 『演義』に登場せず

出典

原典に柴玉が登場する箇所

  • 正史 · 巻 29『三国志』

    …漢鑄鐘工柴玉巧有意思,形器之中,多所造作,亦為時貴人見知。夔令玉鑄銅鐘,其聲均清濁多不如法,數毀改作。…
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    黃初中,為太樂令、協律都尉。漢鑄鐘工柴玉巧有意思,形器之中,多所造作,亦為時貴人見知。夔令玉鑄銅鐘,其聲均清濁多不如法,數毀改作。玉甚厭之,謂夔清濁任意,頗拒捍夔。夔、玉更相白於太祖,太祖取所鑄鐘,雜錯更試,然知夔為精而玉之妄也,於是罪玉及諸子,皆為養馬士。文帝愛待玉,又嘗令夔與(左原)〔左𩥄〕等於賓客之中吹笙鼓琴,夔有難色,由是帝意不悅。後因他事系夔,使(原)等就學,夔自謂所習者雅,仕宦有本,意猶不滿,遂黜免以卒。

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柴玉は漢代の鐘鋳造工で、後に曹魏(そうぎ)の宮廷で鐘を鋳造した。『演義』にはこの人物は記されていない。

事績

黄初(Huangchu)年間、柴玉は太楽令・協律都尉を務めていた。杜夔の命で銅鐘を鋳造したが、鐘の音の高低が規範に合わず、何度も壊して鋳直した。柴玉と杜夔は争い、そろって太祖(Taizu)に訴え出た。太祖は鋳造された鐘を試した後、杜夔はこの道に精通しているが、柴玉の仕事は不適切だと判断し、柴玉とその息子たちを馬の飼育係に任じた。(史書の記載)

関係

  • 鐘の鋳造をめぐって杜夔と争い、二人そろって太祖に訴え出た。
  • 息子たちとともに馬の飼育係に任じられた。

人間関係

1 件の関係

柴玉 の人物関係図杜夔柴玉
  • 敵対
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杜夔

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杜夔

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正史 · 巻 29

  • 杜夔§27

    好敵手

    铸钟音律之争,夔、玉更相白于太祖