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楊穆

別名 孫穆

楊穆の肖像
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楊穆(ようぼく)は、呉の楊竺をたびたび諫め、死刑を免れたが南州へ流された。

正史 『三国志』2巻に登場 · 『演義』に登場せず

出典

原典に楊穆が登場する箇所

  • 正史 · 巻 58『三国志』

    …勸竺兄穆令與別族。其先睹如此。長子延早夭,次子抗襲爵。孫休時,追謚遜曰昭侯。
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    初,暨艷造營府之論,遜諫戒之,以為必禍。又謂諸葛恪曰:「在我前者,吾必奉之同升;在我下者,則扶持之。今觀君氣陵其上,意蔑乎下。非安德之基也。」又廣陵楊竺少獲聲名,而遜謂之終敗。勸竺兄穆令與別族。其先睹如此。長子延早夭,次子抗襲爵。孫休時,追謚遜曰昭侯。

  • 正史 · 巻 59『三国志』

    …流笁屍于江,兄穆以數諫戒笁,得免大辟,猶徙南州。霸賜死後,又誅寄、安、奇等,咸以黨霸搆和故也。
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    時全寄、吳安、孫奇、楊笁等陰共附霸,圖危太子。譖毀旣行,太子以敗,霸亦賜死。流笁屍于江,兄穆以數諫戒笁,得免大辟,猶徙南州。霸賜死後,又誅寄、安、奇等,咸以黨霸搆和故也。

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ほか 3 件

楊穆は三国(さんごく)時代の呉の人物で、楊竺の兄である。『三国演義(さんごくえんぎ)』には登場しない。

事績

陸遜(りくそん)は、楊竺はいずれ滅亡すると考え、楊穆に楊竺と一族を別にするよう勧めた。(史書に記載)
楊竺は密かに孫覇(そん は)に与し、太子の孫和(そん か)に危害を加えようと企てた。楊穆は何度も楊竺を戒めたため、死刑を免れたものの、南州へ移された。(史書に記載)

関係

  • 楊竺の兄
  • 陸遜の助言を受け、楊竺と一族を別にした

人間関係

1 件の関係

楊穆 の人物関係図楊竺楊穆
  • 親族
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楊竺

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楊竺

兄弟姉妹

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正史 · 巻 58

  • 楊竺§41

    兄弟姉妹

    杨竺之兄