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單颺

單颺の肖像
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単颺(タン・ヨウ)は東漢の太史令で、50年足らず後に黄龍が再び現れるとの予言で知られる。

正史 『三国志』巻2 · 『演義』に登場せず

出典

原典に單颺が登場する箇所

  • 正史 · 巻 2『三国志』

    初,漢熹平五年,黃龍見譙,光祿大夫橋玄問太史令單颺:「此何祥也?」…
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    初,漢熹平五年,黃龍見譙,光祿大夫橋玄問太史令單颺:「此何祥也?」颺曰:「其國後當有王者興,不及五十年,亦當復見。天事恒象,此其應也。」內黃殷登默而記之。至四十五年,登尚在。三月,黃龍見譙,登聞之曰:「單颺之言,其驗茲乎!」〈《魏書》曰:王召見登,謂之曰:「昔成風聞楚丘之繇而敬事季友,鄧晨信少公之言而自納光武。登以篤老,服膺占術,記識天道,豈有是乎!」賜登穀二百斛,遣歸家。〉

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単颺(Tan Yō)は後漢の太史令である。登場する章回については資料に記載がなく、『演義』にも登場しない。

事績

漢の熹平5年、譙に黄龍が現れた。光禄大夫の橋玄(Kyō Gen)が単颺にこれが何の瑞兆か尋ねると、単颺は、この国には後に王者が興り、50年も経たないうちに黄龍が再び現れるだろうと予言し、これは天象が予言に応えたものだと述べた(史書の記載)。
45年後、譙に再び黄龍が現れ、内黄(Naikō)の人である殷登は、単颺の当時の言葉が実現したと考えた(史書の記載)。

関係

  • 太史令を務めた。橋玄はかつて、黄龍の瑞兆について彼に尋ねた。
  • 殷登は彼の予言を書き留め、後に黄龍の再出現をもってその言葉を裏付けた。

台詞

  • 史 ch.2 §6→ 橋玄

    「其國後當有王者興,不及五十年,亦當復見。天事恒象,此其應也。」