言語

焦子文

焦子文の肖像
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曹魏(そうぎ)の護軍営士、焦子文(しょうしぶん)は、同じ営の士・竇禮を殺害し、遺体を埋めた後に自白したことで記録に残る。

正史 『三国志』巻24 · 『演義』に登場せず

出典

原典に焦子文が登場する箇所

  • 正史 · 巻 24『三国志』

    …對曰:「嘗出錢與同營士焦子文,求不得。」時子文適坐小事繫獄,柔乃見子文,問所坐。…
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    頃之,護軍營士竇禮近出不還。營以為亡,表言逐捕,沒其妻盈及男女為官奴婢。盈連至州府,稱冤自訟,莫有省者。乃辭詣廷尉。柔問曰:「汝何以知夫不亡?」盈垂泣對曰:「夫少單特,養一老嫗為母,事甚恭謹,又哀兒女,撫視不離,非是輕狡不顧室家者也。」柔重問曰:「汝夫不與人有怨讎乎?」對曰:「夫良善,與人無讎。」又曰:「汝夫不與人交錢財乎?」對曰:「嘗出錢與同營士焦子文,求不得。」時子文適坐小事繫獄,柔乃見子文,問所坐。言次,曰:「汝頗曾舉人錢不?」子文曰:「自以單貧,初不敢舉人錢物也。」柔察子文色動,遂曰:「汝昔舉竇禮錢,何言不邪?」子文恠知事露,應對不次。柔曰:「汝已殺禮,便宜早服。」子文於是叩頭,具首殺禮本末,埋藏處所。柔便遣吏卒,承子文辭往掘禮,即得其屍。詔書復盈母子為平民。班下天下,以禮為戒。

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ほか 3 件

焦子文は曹魏(そうぎ)の護軍営の兵士で、『三国志(さんごくし)』巻二十四に見える。演義には登場しない。

事績

焦子文はかつて同じ営の兵士である竇禮から金を借りた。その後、竇禮は近場へ出かけたまま戻らず、営では逃亡したと思われ、妻の盈と子女は官奴婢にされた。(史書の記載)
高柔(こうじゅう)が焦子文を取り調べた際、その様子に異変を感じ、竇禮から金を借りた件を問いただすと、焦子文は額を地につけて竇禮を殺害したことを認め、遺体を埋めた場所を明かした。(史書の記載)
役人たちは供述に従って竇禮の遺体を掘り出した。詔によって盈とその子女の平民としての身分が回復され、この件は戒めとして天下に告知された。(史書の記載)

関係

  • 同じ営の兵士である竇禮はかつて焦子文から金を借り、その後、焦子文に殺害された。
  • 高柔(こうじゅう)は焦子文を取り調べ、殺害の経緯を認めさせた。

人間関係

1 件の関係

焦子文 の人物関係図竇禮焦子文
  • 敵対
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戦績

戦場の記録

原文に記された一騎討ち・討ち取り・処刑を、史書と演義に分けて数えます。

  • 史巻24暗殺竇禮勝「子文於是叩頭,具首殺禮本末,埋藏處所」
竇禮

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竇禮

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正史 · 巻 24