芒中

芒中(ぼうちゅう)は焼当羌王で羌方に属し、注詣らと反乱したと記される。演義には登場しない。
出典
原典に芒中が登場する箇所
正史 · 巻 3『三国志』
秋八月,燒當羌王芒中、注詣等叛,涼州刺史率諸郡攻討,斬注詣首。…
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秋八月,燒當羌王芒中、注詣等叛,涼州刺史率諸郡攻討,斬注詣首。癸丑,有彗星見張宿。〈《漢晉春秋》曰:史官言於帝曰:「此周之分野也,洛邑惡之。」於是大脩禳禱之術以厭焉。《魏書》曰:九月,蜀陰平太守廖惇反,攻守善羌侯宕蕈營。雍州刺史郭淮遣廣魏太守王贇、南安太守游弈將兵討惇。淮上書:「贇、弈等分兵夾山東西,圍落賊表,破在旦夕。」帝曰:「兵勢惡離。」促詔淮勑弈諸別營非要處者,還令據便地。詔勑未到,弈軍爲惇所破;贇爲流矢所中死。〉
芒中は焼当羌の王で、羌方に属する。どの章回に登場するかは資料に記載がなく、演義にもこの人物は登場しない。
事績
景初二年八月、芒中は注詣らとともに反乱を起こした。涼州(りょうしゅう)刺史は諸郡の兵を率いて討伐し、注詣の首を斬った。(史書の記載)
関係
- 注詣らとともに反乱を起こした。
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