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謝譚

謝譚の肖像
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謝譚(しゃたん)は呉の会稽(かいけい)の処士で、病のため吾粲(ごさん)の召しに応じて功曹に就くことはなかった。

正史 『三国志』巻57 · 『演義』に登場せず

出典

原典に謝譚が登場する箇所

  • 正史 · 巻 57『三国志』

    還,遷會稽太守,召處士謝譚為功曹,譚以疾不詣,粲教曰:"夫應龍以屈伸為神,鳳皇以嘉鳴為貴,何必陷形於天外,潛鱗於重淵者哉?…
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    還,遷會稽太守,召處士謝譚為功曹,譚以疾不詣,粲教曰:"夫應龍以屈伸為神,鳳皇以嘉鳴為貴,何必陷形於天外,潛鱗於重淵者哉?"粲募合人眾,拜昭義中郎將,與呂岱討平山越,入為屯騎校尉、少府,遷太子太傅。遭二宮之變,抗言執正,明嫡庶之分,欲使魯王霸出駐夏口,遣楊竺不得令在都邑。又數以消息語陸遜,遜時駐武昌,連表諫爭。由此為霸、竺等所譖害,下獄誅。

謝譚(Xie Tan)は呉の会稽(かいけい)の処士であり、『三国志(さんごくし)』巻五十七に記されている。『三国演義』には登場しない。

事績

謝譚は会稽太守の吾粲(ごさん)に功曹として召されたが、病気のため赴任しなかった。(史書の記載)

関係

  • 吾粲(ごさん)は謝譚を功曹として召した。