周條

周條(しゅうじょう)は孫呉(そんご)の人物で、荊州(けいしゅう)で事績を挙げた者として『三国志(さんごくし)』に記される。
出典
原典に周條が登場する箇所
正史 · 巻 52『三国志』
…〉周條、石干十一人。甄別行狀,因上疏獎勸曰:
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權稱尊號,拜驃騎將軍,領冀州牧。是歳,都督西陵。代陸遜撫二境,頃以冀州在蜀分,解牧職。時權太子登駐武昌,愛人好善,與騭書曰:「夫賢人君子,所以興隆大化,佐理時務者也。受性暗蔽,不達道數,雖實區區欲盡心於明德,歸分於君子,至於遠近士人,先後之宜,猶或緬焉,未之能詳。《傳》曰:『愛之能勿勞乎?忠焉能勿誨乎?』斯其義也,豈非所望於君子哉!」騭於是條於時事業在荊州界者,諸葛瑾、陸遜、朱然、程普、潘浚,斐玄、夏侯承,衞旌,李肅、〈吳書曰:肅字偉恭,南陽人。少以才聞,善論議,臧否得中,甄奇錄異,薦述後進,題目品藻,曲有條貫,眾人以此服之。權擢以為〔選曹尚書〕,選舉號為得才。求出補吏,為桂陽太守,吏民悅服。徵為卿。會卒,知與不知,並痛惜焉。〉周條、石干十一人。甄別行狀,因上疏獎勸曰:
周條は孫呉(そんご)の人物で、『三国志(さんごくし)』巻五十二に見える。『演義』には登場しない。
事績
周條は、孫権(そん けん)の太子である孫登(そん とう)が荊州(けいしゅう)の境内で当時、事業に携わっていた人物として尋ねた十一人のうちの一人である。(史書の記載による)
関係
- 諸葛瑾(しょかつきん)、陸遜(りくそん)、朱然(しゅぜん)、程普(ていふ)、潘濬(はんしゅん)、斐玄(Fei Xuan)、夏侯承、衛旌、李肅、石幹とともに、荊州の境内で当時、事業に携わっていた人物として挙げられている。