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習溫

習溫の肖像
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習溫(しゅうおん)は呉の襄陽(じょうよう)出身で、荊州(けいしゅう)大公平を務め、後に習祕が後任となった。

正史 『三国志』巻61 · 『演義』に登場せず

出典

原典に習溫が登場する箇所

  • 正史 · 巻 61『三国志』

    …《襄阳记》曰:襄阳习温为荆州大公平。大公平,今之州都。祕过辞於温,问曰:「先君昔曰君侯当为州里议主,今果如其言,不审州里谁当复相代者?」…
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    赤烏二年,濬卒,子翥嗣。濬女配建昌侯孫慮。〈吴书曰:翥字文龙,拜骑都尉,后代领兵,早卒。翥弟祕,权以姊陈氏女妻之,调湘乡令。《襄阳记》曰:襄阳习温为荆州大公平。大公平,今之州都。祕过辞於温,问曰:「先君昔曰君侯当为州里议主,今果如其言,不审州里谁当复相代者?」温曰:「无过於君也。」后祕为尚书僕射,代温为公平,甚得州里之誉。〉

習溫は襄陽(じょうよう)の人で、荊州(けいしゅう)の大公平を務めた。『演義』には登場しない。

事績

裴注が『襄陽記』を引いて記すところによると、習溫は荊州の大公平を務め、のちに習祕(しゅうひ)が後任として公平となり、州内で大いに称賛された。(史書に記載)

関係

  • 習祕は習溫に別れを告げ、州内の議主を誰が継ぐべきか尋ねた。習溫は、習祕に勝る者はいないと答えた。