王遂

王遂(おうすい)は呉の工匠で、朱拠(しゅきょ)の部曲が得るはずの三万緡を詐取したと記される。
出典
原典に王遂が登場する箇所
正史 · 巻 57『三国志』
…後據部曲應受三萬緡,工王遂詐而受之,典校呂壹疑據實取,考問主者,死於杖下,據哀其無辜,厚棺斂之。…
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權咨嗟將率,發憤歎息,追思呂蒙、張溫,以為據才兼文武,可以繼之,自是拜建義校尉,領兵屯湖孰。黃龍元年,權遷都建業,征據尚公主,拜左將軍,封雲陽侯。謙虛接士,輕財好施,祿賜雖豐而常不足用。嘉禾中,始鑄大錢,一當五百。後據部曲應受三萬緡,工王遂詐而受之,典校呂壹疑據實取,考問主者,死於杖下,據哀其無辜,厚棺斂之。壹又表據吏為據隱,故厚其殯。權數責問據,據無以自明,藉草待罪。數月,典軍吏劉助覺,言王遂所取,權大感寤,曰:“朱據見枉,況吏民乎?”乃窮治壹罪,賞助百萬。
王遂は呉国の工匠であり、『三国志(さんごくし)』巻57の関連記録に見える。演義にはこの人物の記述はない。
事績
史書によれば、嘉禾年間、王遂は朱拠(しゅきょ)の部曲が受け取るはずだった三万緡を詐取した。典校の呂壹はそのため朱拠が金銭を私的に取ったのではないかと疑い、担当者を取り調べた結果、その者は杖打ちによって死んだ。
関係
- 朱拠の部曲が受け取るはずだった三万緡に関わり、この金銭を詐取した。